« 今日の晩御飯 | トップページ | どうしてもひっかかるコトバ »

2006/02/27

いのち・運命

ブログを更新したくなる理由はいくつかありますが、

・自分の考えを書きとめておきたい時。

・自分の考えを誰かに知ってもらいたい時。

・誰かのブログを読んで書きたくなった時。

・誰かの話を聞いて書きたくなる時。

・面白いことがあった時。感動した時。

・メモ代わりに。

・自分の考えをまとめるために。など、など、、、、、

今日はaimiちゃん1歳のバースデーにママさんが書いた文章に感動し、わたしも当時の気持ちを振り返ってどうしても書いてみたくなりました。

15年前、当時としてはちょっと遅めの結婚でした。結婚して1年後に長男が生まれ、初めての育児は戸惑うことばかり。そんなたよりない母でも息子は日々いろんなことができるようになり、順調に育っていきました。そんな長男が1歳を過ぎて、そろそろ、次の子を欲しいなぁ、と思ったところ妊娠。宿った命、それがタウルスでした。

はじめての出産は3日もかかり、とても苦しい思いをしたので、今度こそ楽に生もう!と体調を整えるためにマタニティスイミングにも通っていました。そして母乳を3ヶ月でやめてしまったことを残念に思っていたので、今度こそ!もっとたっぷり飲ませよう!と2人目の赤ちゃんが誕生するのを心待ちにしていました。

39週、2532g。赤ちゃんが小さかったせいか出産は1度目と比べるとグッと楽でした。

でも… でも… でも…

様子がおかしい。泣かない。寝てばかり。他の赤ちゃんとも何かが違う。あんなにおっぱいをあげるのを楽しみにしていたのに、ぜんぜん吸い付かない。おっぱいどころか哺乳瓶でもまったく吸い付かない。

おかしい… おかしい… おかしい…

最悪なことに、そんな時に病室に粉ミルク会社の人が「オメデゴウゴザイマス♪」と明るく粉ミルクの宣伝・説明に来たのです。

もう~~~~~~~!!!

どうしてこんなときに、粉ミルクの宣伝なんかするの!

私の赤ちゃんはおっぱいも粉ミルクもぜんぜん飲めないのよ!!

泣きながら、その人にそんなことを言ってしまいました。

その助産院から大きな病院に移り、約1ヶ月後に、プラダー・ウィリー症候群と告知されましたが、その間は不安で不安でたまりませんでした。

この子の病気は一体なんだろう…
(もしかして、ダウン症?…でも、ちょっと違うような…)

障害名がわかって、「やっぱりダウン症ではなかった。でも別な障害があったのか…」と多少ショックはあったのですが、それよりも何かわからない不安から解放され、肩の荷がおりたような気がしました。告知されても現実感がなかったのか、知識のなさなのかわかりませんが、あまり悲劇とは感じられなかったのです。

肩の荷がおりたような気がした、悲劇とは感じなかった、といっても、受け入れられていたのではなくて、どこか頭のすみっこのほうでいつも同じような考えがありました。

それは
「この子の命は本当は助かるはずのものではなかったんじゃないかしら。自然にしていたら、ミルクが飲めないのだから、きっともう、この世にはいなかったはず。どうして医者は私たちに聞きもしないで勝手に助けたりしたのだろう。医者は助けるだけだけど、その後、ずっと苦労するのはわたしたち親なのに。」
という考えでした。
ミルクを飲まないのだって「生きたくないからだろう」とさえ思っていました。

でも、もし意見を聞くのだとしたら、親にではなく本人に聞くのが本当ですね。本人に聞いたなら、「助けて欲しい」「死にたくない」「生きたい」と答えたでしょうから、お医者さまの判断で正しかったのでしょう。ミルクを飲まないのも「飲みたいのに飲めなかった」のでしょう。

また、

時々、ふっと、もし息子に障害が無かったら……
(どんなふうになっていたのかなぁ)と考える時もありました。

そんなことを考えていたこのわたしでしたが、いつしか子どもの成長やさまざまな反応が嬉しくなり、そういうことを考えなくなっていきました。

もうこれで順調なのかと思っていたけれど、かきむしりが30ヶ所にも及び、毎日毎日バンドエイドを張り替えるのに1時間かかっていた時期には、そのためにほとんどノイローゼのようになってしまいました。
息子に対し「わたしを苦しめる子」と憎しみをおぼえたことさえありました。夫が留守の時にはますますひどくなって「この子の面倒をひとりでみなくてはいけない」とよけいにイライラしました。

PWSの特徴に「かきむりしり」のことは書いてあるのですが、身近に同じようなことで悩んでいる人はなく、自分の息子だけがこんな状態なのはなぜ?なんで私だけがこんな目に合わなければいけないの?などと思いました。

考えてみれば、本人にはどうしようもないことだし、一番辛いのは本人だ、と思うと、彼を責めてしまって申し訳なかったと思っています。今はそう思うようになったからなのかわかりませんが、そこまでひどくなることはありません。

そして、今はもう彼がいなかった人生は考えられません。一人ひとり、それぞれがみんな素晴らしい、大切な命なのだということを体験として教わったのだ、と思います。

こんなふうに何か大きな運命や力にしたがって生きることは必ず何か意味のあることで、それを素直に受け入れることによって素晴らしい世界が用意されているような、そんな気がしています。

もし、タウルスが生まれる前に神様から「障害のある子にしますか?それともない子にしますか?」と聞かれていていたら、「ない子」を選んでしまったかもしれません。

でも、今タウルスと誰か別の障害のない子どもに取り替えてあげますよ、と言われても絶対にお断りする、と思います。

これからもう一人、子どもを生むことは年齢的に言って、ほぼありえませんが、もしそうなっても「お腹の子に障害があるかもしれない」という可能性も恐れずに受け止められるような気がします。

一度は「この世にはなかったはずのいのち」なんて思ってしまいましたが、目の前のこの「輝くいのち」を見ていたら、そんなことはとても思えません。ほんとうにキラキラと輝いているかのようです。

タウルスにも、すべてのことにも感謝したいと思います。

本当にありがとう。

|

« 今日の晩御飯 | トップページ | どうしてもひっかかるコトバ »

コメント

うららさん早速読ませていただきました!
私もaimiも、まだ経験していないプラチャンの特徴と言われている行動・・・かきむしりなど。。正直不安になります。
でもそれだけではなくてaimiが生まれてきてから何度か『わたしを苦しめる子』と憎しみをおぼえたことはあります。パパが留守の時は、よけいにイライラしてaimiに当たりたくなってしまうこともあります。 でも特徴は本人にはどうしようもないことだし、一番辛いのは本人なんですよね。。プラダの病気だってなりたくてなったわけではないのに子供に当たるのは間違っていますよね。
これから先・・aimiを責めたくなってしまう出来事があったとしても、うららさんの言葉を思い出していきたいな☆と思いました。
そして何年かたった頃、aimiがいなかった人生は考えられないと言えたらいいなと思います。
本当、ひとりひとり、それぞれみんな素晴らしい、大切な命・・ですね。 
うららさん☆ありがとうございます^-^

投稿: aimiママ | 2006/02/28 22:54

うららさんも、いろんな思いを通ってきたんだなと
なんか少しホッとしてしまいました。
ワタシとりっきも、うららさんとタウルスくんのように
いろんなことを楽しめる仲良し親子になれるかな。

りっきが退院してきた日。
わが家ですやすやと安らかに眠る
かわいい、かわいい、りっきの顔をみながら
「りっきは、何も悪くない!」
「なにも悪いことなんかしていない」
そんな強い思いが急にこみあげてきて
大声をあげて泣きました。
なんどもそう思いました。
そのことはこれから先
ずっと忘れないでいたいと思っています。

投稿: りっきママ | 2006/03/01 13:32

aimiママさん、来てくれてありがとう☆
不安にさせちゃってごめんなさい。でも、いろんなことがあっても、カワイイわが子にはかわらない。そう思っていれば、いろんなことは乗り越えられそうな気がします。もちろん一人じゃ大変だから、みんなの力を借りて。
やっぱり、イライラしたりする時はありますよね~ ガマンしないで、時には吐き出したり、息抜きしたりしながら、調節してやっていきましょうねっ!

りっきママさん、こんにちは~
「子どもは悪くない」ですよね。ホントニ。
(ついでに、わたしたちも悪くない!)
わたしも、時々、こうやって初心に戻ってみます。今いっしょに過ごせるこの時をもっともっと大切に過ごせるように。

投稿: うらら | 2006/03/01 16:47

はじめてうららさんがヒステリーを起こした事があったのを知りました〜!
きっと昔は若かったのね〜!

ここで持論の「人類全て障害持ち」を展開。
私はメガネが無いと買い物もできないほど「ド近眼」。
人生のお友だち、メガネが無いとフツーの生活はできないでしょうね。
ダンナはなくても生きていけるけど……メガネ、コンタクト無しの生活は考えられない!
私からメガネを取ったら、即、障害者ですよ。

程度の差こそあれ、みんなどっかに不便な所を持ってるんじゃないかしら。目に見えなくても、「個性」と言う名で潜んでいるかも。障害認定はされないけど、依存症ってのもあやしいよね。長生きすれば必ずだれかのお世話になります。
だから、人間はみんな、障害持ちです。

またまた乱暴にまとめてみました。
かく言う私も「なんてかわいそうな子!」としくしく泣いた時期もありました。
……が、人生おおらかに生きましょう〜!

投稿: さち | 2006/03/03 00:08

本当に・・いろんなことがあっても可愛いわが子にかわりない☆そう思っていればどんなことも乗り越えられそうな気がします☆
みんなの力を借りてこの1年乗り越えてきたよぅにこれからも乗り越えていきたいです♪

投稿: aimiママ | 2006/03/03 05:32

久しぶりにうららさんのブログを開いてここを読み,泣きました。本当にそうだな。私も同じだと思うことがたくさんあり・・・。
私はhiroyukiを授かる1年前に,実は流産しています。もう年だし上にも3人いるのでこれで終わりと思っていたところに,思いがけず授かった命。生まれて1年半の今までにもいろいろなことがあったけれど,今はこの子がいない毎日なんて考えられない。兄姉たちもきっとそうだと思います。生まれてきてくれてありがとう。
家族で力を合わせれば,何でも乗り越えて行けそうな気がしています。本当の試練はこれからなのでしょうが。
うららさんは大先輩。これからもいろいろ教えてくださいね。

投稿: おけい | 2006/03/04 20:24

さちさん~♪
>きっと昔は若かったのね〜!
>としくしく泣いた

月日は私たちをこんなにも強く(そして美しく?)変えてしまったのですね!
今じゃ、あっち側よりこっち側(違う世界を知ってという意味です。)が楽しい毎日です。

らんぼうでも、まとめてくれてアリガト~

aimiママさん~♪
助ける人は助けられるんだなぁって実感しています。みんなで助け合って元気にいきましょう!

おけいさん~♪
>大先輩
だなんて(>_<)
おけいさんのほうが子育て経験豊富だし、めっそうもない。

やっぱり、家族っていいですね!

投稿: うらら | 2006/03/06 22:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 今日の晩御飯 | トップページ | どうしてもひっかかるコトバ »