2006/07/06

今思えば②

前回の続き。

運動面でのいろいろほめられたり、達成感を持つ場面はたくさんあったのだけど、やはり一番大事なのは、心。そのためにはお友だちががんばったことを一緒に喜んだり、協力するような心を育てることに親が気を配ることが必要。その点、足りなかったのなぁ?

それから、「子育ては女優」になったつもりで時には演技も必要ということ。このことはこの間のワークショップ講師の方も話していました。

私は、昔から「正直がイチバン」というふうに思っていて「うそ」や「演技すること」が苦手だったんですが、子どもが不安な時にも笑顔で「だいじょうぶ♪」と言って安心させるようなことが必要だったなぁ、と思う。

昨夜、BSでやっていた映画「ライフ・イズ・ビューティフル」。

ファシズム政権下のイタリアが舞台。あるユダヤ系の父親が幼い一人息子と一緒に強制収容所に連れて行かれてしまう。過酷な労働や仲間たちが殺されていくという不安な毎日の中、父親は息子にはそれを悟られまいとして、「ゲームに参加をしながら旅行している」というふりをし続け、自分が殺されてしまう直前まで、おどけたりして息子をだます。残された息子は最後までゲームに参加しているだけだと信じ、穏やかで楽しく過ごすことができ、ついに無事に開放されママにも再会することができました。

という話。

こんなふうに、息子を思えばこそ、不安な気持にさせまいと、演技し続ける、そんなことが時には必要だったんですね。タウルスはちょっと心配性のところがあるけど、もっと安心させてあげれば良かったな。

子育て以外でも自分の気持を正直に相手に伝えることが必ずしもシアワセではないってことは、よくあるみたいだけど、バカ正直な私にはなかなかムズカシイ。

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今思えば①

タウルスは1歳の時には首もすわっていなくて、筋肉の専門の先生には重症といわれるほどだった。

それなのに、少しでも運動をさせようと思って、あの手この手でその機会を作っていたら、1歳8ヶ月で歩き始め、その後も運動することがスキで得意になり、リレーの選手にもなった。そのおかげでたくさん食べているけど、太らない。(141センチ、35キロ)過食も今のところたいしたことはない。健常の友達とサッカーをして遊べる。

だけど、これについては、いいことばかりではなくて問題もあるような気もしている。

というのは、いつの間にか自分が運動できることを鼻にかけているような態度で、時には動作が遅いお子さんのことを「遅い(から負けた)」のように言ったりすることもあるから。そんな時は胸が痛む。タウルスが何かできるようになった時は他のお子さんと比べないでほめてきたつもりなんだけど…

それから、(障害があると特に)できることとできないことの差が大きいほど生きにくさを増すらしいので、そういう意味でもタウルスの運動能力と他の能力と差があることが、いろいろな問題になっているかもしれない。

他にもふりかえってみると「あの時、あれをすればよかった?しなければよかった?あれでよかったのか?」と思うことがあるので、少しずつ書いてみようと思う。

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